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ペットと暮らしたい!

そう、今年はうさぎ年!

sofia.jpg我が家でうさぎを飼い始めて以来、「なんでまたうさぎを飼うことにしたの?」なんて良く聞かれます。うん、私としてはある程度子どもに手がかからなくなったら、そして子どもたちがそれほど大きくならないウチに、ホントは犬か猫を飼おうとずっと思っていました。

私が子どもの頃はよくそのあたりに捨て犬猫が転がっていて、見かけては拾ってきて、でも飼っちゃダメ!って言われて・・・ただ時にはお許しが出ることもあって、昔から犬や猫・うさぎ・インコなど絶えず動物を飼う生活を送っていました。そして動物とともに暮らすということは、それはもう教科書じゃぁ教えてくれないいろんな教訓を含んでいるということを体感していて、私の子どもたちにも是非そういう暮らしをと思っていたんです。

で、私のイメージとしてはいつか子どもが犬または猫を拾ってきて、最初は世話出来ないんだからダメよ!なんてたしなめつつも、絶対自分で面倒見るのよ?約束出来る??なんてやりとりを経て飼うことになるなんて未来予想図を描いていたわけなんですが・・・今時捨て犬猫って見かけなくないですか?だもんで当然ウチの子たちも拾ってくることはなく、気付けば上の子ももう3年生!その頃までに私は確かはじめて飼った犬を亡くし、なぜかすぐには涙が出ず、誰もいない埃の被ったエレクトーンの横でしくしく泣いていたわ・・・こりゃぁ拾って来るのは待ってられん!と主人にもちらちらそんな話をちらつかせていたんですが、まぁいろいろありまして・・・話すと長くなるので割愛しますが(爆)、そんなわけで我が家にうさぎがやってきたというわけなんです。(←割愛しすぎsofia_relax.jpg

うさぎのお世話は犬や猫のそれに比べるとかなり簡単なので、ご飯やトイレの掃除は基本的に子どもたちに任せています。子どもたちもたいそうかわいがっていますが、悲しいかな犬ほどは飼い主に対して心をゆるしてくれないというか・・・基本草食動物なので、捕まったら最後食べられる時!ってのが本能として根付いているのでしょうね、だっこが大、大、大嫌い!で爪切りなんて毎回死闘ですよ!

でもまぁ我が家にやってきてかれこれ3ヶ月近く経ったででしょうか?ゆっくりですが慣れてきてるのかなぁというのは感じていて、ゲージの外でリラックスしている姿も見られるようになりましたし、私がこたつで仕事をしていると「ねぇねぇ」と背中をもみもみしたりしてくれる事もありますし、もう少し時が経てば自分からだっこして~って言ってきてくれる日が来るかも?なんて期待しています。(ネザーランドドワーフはうさぎの中でも特にだっこが苦手な部類らしいんですけどね)

で、ペットを飼い始めてこれまたよく耳にするのが・・・だって死んじゃった時に耐えられなくない?子どもも悲しむよ?かわいそうじゃない?的な事。

うん。でも生きていく限り死からずっと遠ざかっている事は出来ませんし、むしろ子どもである内にそれを学ぶべきだと私は思います。

その昔、実家で飼っていた猫が亡くなった時に母がくれた手紙がありまして。手紙と言ってもエッセイのようなモノなのですが、どこにやったかわからなくなっていて、ようやくサルベージ出来たので以下に記しておきますね。興味のある方はご覧ください。

ちなみにここに出てくる”次女”が私です。


● ● ●
ごえもんのことを気にかけていただいたみなさまへ。ありがとうございました。

黒猫のごえもん(ごえちゃんの旅)


ねこのごえもんが我が家での生活を始めたのはいまから17年も前のことだ。

「誰がなんと言うても飼うんやから」

長女がそう言ってクビからかけた黒いキャンバス地の鞄から飛び出したのが、オス猫のごえもんだった。

長女がバイトを終えての帰り道、スーパーの裏でクビにひもをくくられたごえもんを連れて帰ったのはやむを得ない事情があった。

今まで、我が家にはいつも犬やうさぎなどのペットがいたが、ある時、年老いた母が一緒に住むことになって、「猫は飼わないで」と言った。
この言葉は子供たちの心に重くのしかかっていた。
それをはねのける勢いが、長女の言葉にはあった。ごえもんは真っ黒で痩せていた。おどおどしたその姿からは、拾われるまでどんな状況にあったのか察することが出来た。

拾い主の強い決意にもかかわらず、ごえもんの世話は、いつの間にか私に任されてしまった。
彼は、すくすく成長し、よく外出をした。そのたびに生傷が絶えなかった。
どこかで足を傷めたので、少しおとなしくならないものかと思い、やむを得ず去勢をした。
そのとたん、すっかりおとなしくなり在宅中心の生活になった。

ちょうどその頃、母が半身不随になり、ベットと椅子交互の生活になると、ごえもんはいつも母の側について、まるで母の守りをしている風に見えた。

それから6年、母が旅立つと、二匹目の猫がやってきた。三毛の茶色いメス猫で、野良猫時代、子供たちの人気者だった。それがいつの間にか我が家の猫におさまってしまったのは、「カイエ」の作戦が功を奏したのである。

つまりこうだ。

主人が出勤するために家を出ると、餌をほしがる。すると主人は家へ戻ってごえもんの餌をとってきて与えていた。

また、玄関外においてあった下駄箱の靴の中に入って次女を迎える。そのPRも成功し、次女からも同様に餌をもらっていた。

その上、わたしと来たら母を亡くしてガックリのところだ。

三拍子そろったところで、我が家の二番目の猫として迎え入れられたというわけだ。

「カイエ」という変わった名前は、なにかの漫画に出ていたらしい。もちろん、先輩のごえもんをたてて、カイエは餌を食べている最中にごえもんがやってきたらさっと退く。
ごえもんは、当然と言わんばかりに餌を食べる。これは猫社会のルールなのかもしれない。

でも、かれらは仲の良い兄妹でもあった。
じゃれあったり、毛繕いを手伝ったり、幸せな毎日だった。
寝るときは、ごえもんは私の布団の中へ潜り込み、カイエは布団の上で私の足元が定位置なのだ。

ところが最近、ごえもんがキャットフードを食べなくなっていた。マグロやカニかまなどのやわらかい食物中心の食生活が続いたせいか、とうとう歯槽膿漏という病気になって点滴のため通院する生活が続いた。獣医のオザキ先生というとても動物思いの先生に出会えたのがごえもんのためにもわたしのためにも良かったと思う。

ごえもんが昇天したのは、明日は長女のバレーの試合があり、私が孫の子守で通院できないことで悩んでいた時だった。その夜は、ごえもんと過ごした17年間を振り返りながら眠れぬ一夜を過ごした。

精一杯生きて、わたしたち家族にかけがえのない思い出を残してくれてありがとう。野辺送りの後、長女が私に言った。

「お母さん、ごえもんのめんどうみてくれてありがとう」



 ごえもん 平成14年5月25日 亡
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